中央イタリアの世界遺産

ローマの街並

 

ちょっと関係の無さそうな話を少しします。

今でこそだいぶ穏やかになってきましたが、明治維新以降、日本は東京に全てが一極集中していきました。そのため圧倒的な魅力で日本中の若者が吸い上げられ、地方<東京という価値観が強く日本中の意識に植え込まれました。

地方は東京的な発展を目指し、その土地その土地にある固有の景観を破壊して、均一で東京的な景色を作り続けました。その結果、地方の魅力がさらに失われ、地方軽視の意識が高まっていきます。日本の地方にある世界遺産と言ってもスポットとして残っているだけで、町の全てがそれに登録されているイタリアの諸都市のような例はありません。

例えば姫路城と京都は美しく立派な世界遺産ですが、姫路市全体は固有の魅力を失ってしまっています。京都には その建築物がたくさんありますが、京都全体が一部の隙も無く、完璧な形で統一感を持って昔ながらの街並みを残しているかと言えば、違います。京都にはそのスポットが多いというだけで、京都の町並みそのものが世界遺産なわけではないのです。

現在は揺り戻しもあり、日本でも地方の魅力が再評価されつつありますが、まだまだ東京一極集中の価値観は圧倒的です。

■日本人は、この国で都市と人間のあり方を学んでこよう

突然ですが、そうした日本の単調で画一的な景観に飽きてしまったあなた、イタリアに行ってきませんか? 世界遺産が目当てでもいいですし、美味しい料理が目当てでも構いません。サッカー観戦が目当てでもいいですし、おしゃれなカフェで飲むエスプレッソが目当てでも構いません。とにかくこの国へ行けば、結果的に日本人に無い感覚をいろいろな場面で目の当たりにできます。

その感覚とは何でしょうか? 

イタリア人の町を愛する気持ちです。首都のローマに住む人でなくても、フィレンツェ、ピサからピエンツァにいたるまで、あらゆる規模の都市に暮らす人々が自分の町を愛しているのです。

■この国は昔、それぞれの都市が独立国家だった

この町の景観が美しい理由は、多様性が残されているからです。ローマはローマらしいですし、フィレンツェはフィレンツェらしいです。ピサはあくまでピサですし、ベネチアはあくまでもベネチアです。どの町もそれぞれ特有の美しさがあり、その町並みを町の人が本当に愛しています。

どうしてそれほどの多様性が残されているのでしょうか? その理由はこの各地方が昔は独立国家だったからです。それぞれの都市がそれぞれの経済活動を行い、それぞれの町で暮らしていました。その精神的な名残があるので、それぞれの町がそれぞれのプライドを持っています。そのプライドが郷土愛につながり、その郷土愛が町を美しく保たせるのです。

■世界遺産、ピサの場合

例えばピサは単体で海洋都市国家として存在していました。ピサと言えばピサの斜塔を含めた世界遺産が有名ですが、その町は昔地中海交易で莫大(ばくだい)な利益を得ていたのです。その富を他の都市国家に誇示するために、ピサのドゥオモ広場にドゥオモ大聖堂などが建造されました。

ピサなど、実のところ知名度の割に規模は小さいです。川を挟んで住宅が密集し、その中に斜塔などの世界遺産が現存しているだけです。一歩離れると畑しかなく、日本で言えば地方の中堅都市に過ぎません。しかし、ピサに暮らしている人はピサに誇りを持っていますし、かつて海洋国家として地中海交易で力を持っていた歴史を住人はDNAの中に記憶しています。そのプライドが郷土愛につながり、その郷土愛がピサの斜塔を大切に保存させ、町並みや景観を美しくさせているのです。

■この国の世界遺産の魅力

日本の中堅都市に足を運ぶと、その町がどこなのか分からないくらい個性を失っています。しかしピサはピサであり、フィレンツェはフィレンツェです。日本にも昔は地方都市が美しかった時代があります。東京への一極集中が進む前の時代です。その後地方特有の固有文化が破壊されていきましたが、最近ではそういった地方独特の文化が見直されつつあります。

まだ間に合います。日本人はこの国へ行き、世界遺産を訪ね、各地の町を訪ねて、人と触れ合い、都市のあり方を勉強してくるといいのかもしれません。大切な何かを思い出させてもらえるはずです。そう言った旅には、ローマを含めた中央イタリアと世界遺産の旅がうってつけです。